難病患者が働くこと、生きること
社会保険労務士 池田悦子 先生(社会保険労務士法人池田事務所代表)
社会保険労務士の仕事
社会保険労務士の池田です。社労士という仕事には企業の労務管理のサポートの他に、年金の手続きがあります。多いのは老齢年金や遺族年金で障害年金は少ないです。理由は自ら申請しないといけないのと、書類が煩雑で障がいの程度の伝え方次第でうまくいかないことがあるからです。そんな時私たち専門家がうまくサポートできることがあります。
今日は障害者雇用の法律が最近変わったこと、障害年金や障害者手帳制度など、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。
身体障害者手帳
障害者総合支援法という法律があります。対象としているのは、①18歳以上の身体、知的、精神の障がいのある方、②18歳未満の同様の方、③難病の患者さん。この難病というのは厚労省の定めた指定難病に該当する患者さんです。
身体障害者手帳の交付対象者は、障がいの種類によって区分されます。視覚、聴覚、肢体不自由などの他に内部障害といって、心臓や腎臓などの機能障害もあります。これらは障がいの部位ごとに障がいの程度が細かく決められています。
等級は重い順に1級から7級まであり、1級と2級は特別障害者といって、より手厚いサービスを受けることができます。7級は単独では手帳が交付されないのですが、異なる区分で7級が二つ以上重複すると級が上がって手帳が交付されます。
手帳が交付されるとお住まいの自治体によって多少の違いがありますが、自立支援や就労支援、日常生活用具や医療や介護などいろいろなサービスを受けることができます。
障害年金について
なぜ障害年金受給者が少ないのか
障害福祉と違って障害年金は国(厚労省)が行うもので、手続きの窓口は年金事務所になります。身障手帳とは全く別の枠組みなのであらためて申請しなくてはいけないわけです。
障害年金の現状ですが、障がいの程度が重く受給資格が十分あるのに受けておられない方が半数近くいると聞いています。その原因としては、
1)そもそも障害年金という制度があることを知らない(周知されていない)
2)この程度ではどうせムリ、もっと重くないといけないと思い込んでいる。
3)皆さん体調の良い時に手続きに行かれるので、窓口で「あなたの障がいの程度では請求できない」と言われてあきらめてしまう。(この事例は過去に多くあった)
このようなことが原因で、そもそも障害年金の請求までいかないというのが実態だと思います。
また実際、障害年金の書類審査のハードルは高いです。障がいの程度と生活上の不都合など説得力のある申立書をご自身で書くと言うのはなかなか大変で、この程度では支給には該当しません、ということが多いのです。
65歳までに手続きを
大事なことは、65歳を過ぎると請求手続きができません。もうすぐ65歳になる人はとりあえず請求してみましょう。もし認定されなくても、障がいがその程度であればお仕事をされていた方と思うので、老齢年金がしっかりあたります。前向きに考えましょう。
また20歳から65歳までの間は、1回不支給となっても何度でも申請できます。
初診日とは
請求手続きのポイントとして、初診日というのがあり、いつ確定診断されたかということが重要になります。ただ難病の方は自覚症状が出た後あちこちの医療機関にかかって何らかの治療しながら巡り巡って大学病院などで確定診断となることが多いです。その大学病院の紹介状に「脊髄小脳変性症の疑い」とある場合は、その疑い病名を書いた医療機関の初診日が認められることがありました。 厚労省も最近になって確定診断前の疑いのあった日を初診日として差し支えない」という通知を出しています。
いつ請求できるか
初診日から1年半経過した日が認定日となって請求できるようになります。例外として事故による四肢の切断とかペースメーカーの装着などがありますが、一般に内科的治療を続けている場合は1年半の経過をみます。ただゆっくり進む病気の場合、認定日が来ても症状がそんなに進んでいないことが多く、申請しても認定されません。治療しながら2~3年経って、杖を使わなければならなくなったとか、手帳も3級になったという機会に請求してみましょう。
障害年金請求の資格条件
障害年金の請求には条件があります。それは初診日になんらかの公的年金制度に加入していること。その後は加入していなくてもかまいません。たとえば確定診断されたあと会社をやめて未加入だったとしても請求できます。
もう一つは20歳の誕生日から初診日までの期間の2/3以上で、年金保険料を納付していることです。足りないことがわかっても後から納めることは認められませんので、保険料はできるだけ納めるようにしてください。
ただ働けなかったり、生活が厳しいようであれば国民年金の納付免除の申請をしておいてください。免除期間は未納期間とはされません。
身障手帳と障害年金の等級の関係は
身障手帳の等級と障害年金の等級は関係ないと言いましたが、ある程度の目安はあります。たとえば手帳1級なら障害年金は1級または2級の可能性、手帳2級は年金2級または3級の可能性。手帳3級なら年金3級の可能性、という具合です。これらは障害部位によっても異なります。
障害年金で1級の状態とは、「常時介護」で日常生活のほとんどを介護されている状態です。2級は日常生活は一部介護で何とかできるが働いて収入を得ることができない状態です。3級は働くことはできるが、条件付きの労働に限られ、たとえば共同作業所や障害者雇用枠で働いている状態です。
請求手続きに用いる診断書は疾患部位別に種類があり、手帳の等級とは別の「障害等級表」に基づいて作成されます。
障害年金の受給額はどれくらいか
さて年金受給額はどれくらいでしょうか。障害年金も2階建てになっていて、1階部分の障害基礎年金は2級で816,000円。1級になるとより介護費用がかかるだろうと1,020,000円。2級の25%増しになります。これは定額ですのでどなたも金額は同じです。そして初診日に会社勤めをしていて厚生年金に加入していた場合は、2階の障害厚生年金報酬比例部分が支給されます。ここは給与の額や加入月数の多少によって変わります。
この報酬比例部分はどんなに短い期間の人でも300月(25年)加入していたとみなす保障があります。極端に言えば初診日の翌日にもう仕事を続けられないと会社を辞めた場合でも25年分として数えられるのですね。25年以上務めた人はもちろん実際の年数で計算されます。
また同居家族の加算があります。障害基礎年金には18歳年度末未満のこども1人当たり約23万円の加算、報酬比例年金には配偶者の加給年金が23万円あります。患者さんに配偶者とこども2人いて初診日に厚生年金に加入していれば23万×3=69万円が加算されることになります。
難病であっても落ち込まず前向きに
このようにケガや病気で働くことができなくなり収入が得られなくなっても、障害年金の2級に認定されるとそれなりの暮らしができる保障が得られます。みなさんの病気は今のところ治療法がなく将来に不安を感じておられると思いますが、障害年金という制度がありますので、落ち込まず前向きになっていただきたいと思います。
障害者雇用について
障害者雇用納付金と障害者雇用調整金
障害者雇用についてです。『障害者雇用促進法』という法律ができて、一定規模以上の企業は障がい者を雇うことが義務化されました。この法律には罰則がありませんが、代わりに義務を果たさない企業は、障害者雇用納付金という、いわば罰金を徴収されるのです。まずこれからお話します。
障がい者を雇っていない、あるいは法定人数を下回っているところは、1人あたり月50,000円を納付しなければなりません。それを放置していると労働局から呼び出しや改善指導が行われますので、この法律は無視できないのですね。
一方障がい者をしっかり雇っているところには、障害者雇用調整金というお金が支給されます。その財源は障がい者を雇わない会社からの納付金が充てられるのです。昔は金を払えば済むだろうという会社も多かったのですが、最近ではハローワークに積極的に求人を出したり、毎年支援学校の卒業生を優先的に採用する会社が増えてきています。
企業の4つの義務
法律で企業には4つの義務があります。
1)一定以上の割合で障がい者を雇うこと
2)差別禁止と合理的配慮の提供
3)職業生活相談員の設置
4)障害者雇用に関する報告義務
1)では、従業員数43.5名以上の企業が対象で、未満は雇用義務はありません。ですからちょっとした会社ならたいてい該当します。一定以上の割合のことを雇用率と言います。カウントされるのは障害者手帳を持っている人で、1・2級の重度の方は2人分となります。
また、数え方は週の所定労働時間によって3段階あります。
週30時間以上 1.0人
週20~30時間未満 0.5人
週10~20時間未満 0人
このように雇った障がい者の方の体力や適性に応じて、柔軟にカウントできるようになっています。
法定雇用率は以下の通りで、100人のうちほぼ3人の障害者雇用を義務付けています。(カッコ内は令和8年7月以降)
民間企業 2.5%(2.7%)
自治体 2.8%(3.0%)
教育委員会 2.7%(2.9%)
このように、たとえ病気やけがで今まで通りの働き方ができなくなっても働き続けることができる環境が整いつつあります。
障がい者への合理的配慮の提供が義務化
法律改正によって、今年の4月より障がいのある人への「合理的配慮の提供」が義務化されました。社会全体で障がいのある人の活動を制限している障壁(バリアー)を、できる範囲で取り除こうというのが「合理的配慮」ということです。
具体的には、①行政機関等と事業者が、②その事務・事業を行うにあたり、③障がい者からバリアを取り除いてほしい旨の意思表示があった場合、④実施に伴う負担が過重でないとき、⑤必要かつ合理的な配慮を講ずることとされています。
ここでいいう事業者とは小さなお店にも適用されます。たとえば、うちの店は狭いのであるいはエレベーターがないので車イスのお客さんは入れません、という断りはできなくなったのです。
合理的配慮というのは、椅子を片付けて車イスのスペースを確保するとか、階段を上るのにスタッフが手伝うとか、可能な範囲で行うことです。もちろんお店にとって過重な負担となる場合は義務に反しないのですが、それは個別に判断することになります。
また配慮の実施に費用がかかる場合であっても、障がい者を雇用している会社で手すりをつけるとか身障者用トイレを作ることには国から補助金が出ます。
合理的配慮の提供を断る場合でも、以下の言い方はNGです。
・「前例がありません」
・「特別扱いできません」
・「もし何かあったら…」
・「○○障害のある人は…」
前例がないことは断る理由になりませんし、普通の人と同じ状況を整えることは特別扱いではありません。その障がいから判断して具体的なリスクがあれば別ですが、漠然としたリスクは断る理由にならないのですね。○○障害と一括りにしないで個別に判断することが求められます。
建設的対話を通じて解決策を
大事なことは、障がいのある人と事業者等が互いに相手の立場になって対話を重ね、共に解決策を検討する姿勢が重要です。このようなやり方を「建設的対話」といいます。オールオアナッシングではなく歩み寄り、ということですね。
今日のお話をまとめますと、難病になってもみなさん働いて社会参加したいと思っています。企業も障がい者を雇わなくてはならなくなりました。さらに今年4月から社会のあらゆる場面で、障がい者への合理的配慮の提供が義務化されました。
しかし健常者と同じには働けなくなるので、障害年金が生活の軸になります。障害者雇用も障害年金も自ら動かないと前に進みません。生きるための権利として堂々と請求して、難病や障がいに負けない人生設計を立ててください。私はわかち会の賛同会員として、いつでもお手伝いしたいと思っています。