新薬「ステムカイマル」の臨床試験に参加して(№40 20210520)

 いしかわSCD・MSA 友の会の会員であるM さんは、現在、脊髄小脳変性症の新薬「ステムカイマル」の臨床試験(治験)に参加されています。M さんのこの病気に対する思いや実際の治験参加の様子などをお聞きしました。
 本稿を通じて、画期的な治療薬の開発がすぐそこまで来ていることを実感していただければ幸いです。(わかち編集部)


(編集部) はじめにMさん自身の病気について差し支えない範囲でお聞かせください

(Mさん)兆候らしきものを感じたのは50歳半ば頃でしょうか。ある会合で紹介を受けて立ち上がった時にふらつく。あぜ道を歩いていて何度もバランスを崩して足を踏み外す。私はボーリングが得意なのですが、アベレージが150点あったのにストライク、スペアー共に一つも取れず、80点まで急落してしまった。これにはさすがにショックでしたね。
 60歳過ぎに歩行の不自然さを自覚し、65歳の時には公園で年少組の孫に追いつけず、情けない思いをしました。その頃、4歳~5歳年下の弟・妹も同時に変調をきたしており、しかも私よりも進行が速かったのです。

負の遺産をどこかで断ち切らなければ
 遺伝率は約50%と言われていますが、私の親族に関しては、亡母は4人姉妹の全員、私のきょうだいも全員ですのでしっかり引き継がれているようです。
 しかしこの負の遺産はどこかで断ち切らなければなりません。さもなくば、これを軽減しなければなりません。それが先に生まれた者の務めだと思っています。
 私は家族には全てを伝えてあります。一人娘も罹患の可能性については知っており、自分の人生設計に既に織り込まれているはずだと思います。遺伝子検査をすればわかることとは言え、このことを伝えるのは、これからの人生がある程度限定されることでもあり、勇気のいる決断を要します。

(編集部) この治験に参加しようとしたきっかけなどはあったのですか?

(Mさん)以前から感じていたことですが、遺伝性脊髄小脳変性症について意外と当人自身が知らないことが多いですね。どうせ良くなることなどないという諦めがあって、「病」に直接向き合い、克服してやろうという意欲を削がれている人が多いように感じています。母や叔母達がそうだったし、祖母に至っては訳もわからずに逝ったと思います。
 私はそのことに常々問題意識を感じていました。ただ手をこまねいているだけでいいのだろうか。殻に閉じこもるのではなく、この問題は他者と共有し、解決への道を探すべきではないかと。
 私の晩年のライフワークはこの難病と向き合うことです。そのことが子や孫の幸せにつながると確信しているし、その克服のため自分のできる範囲のことはやってみようと思っています。
 そう思い始めた頃、大きな転期が訪れました。遺伝性の脊髄小脳変性症の進行を止める新薬の登場です。これだ、と思いました。

(編集部) 今回の治験の具体的な内容を教えてください

(Mさん)新薬はステムカイマルと呼ばれ、リプロセル社がSCA3型とSCA6型を対象に開発したものです。この薬は症状の進行を止める薬です。健康体に戻ることはできないが、悪化を防ぐことはできる。セレジストなどとは根本的に異なる薬だと思います。
 名古屋大学で第1段階(安全確認)の治験が終わって第2段階(効果確認)に入り、全国10医療機関で治験参加者の募集が始まることを、昨年5月に知りました。
 初め新潟大学に申し込んだのですが、すでに決定済みで、第2候補の信州大学に問い合わせたところ、まだ空きがあるというので8月28日信大医学部付属病院へ出向きました。担当医の検診、面接を受け「良」との返事を受け、帰って家族の賛同を得、9月に治験参加が決まったのです。
 治験は希望したら誰でも参加できるわけではありません。症状が比較的軽度な者に限られ、主治医の推薦、紹介状が必要です。受理されればその治験実施病院へ出向き、担当医師による再検査・面接を経た後に諸条件を提示され、良ければ応諾し決定となります。
 私は今年の1月19日に信大付属病院で2泊3日短期入院をしてきました。治験そのものは中日の、1時間足らずの試薬の点滴だけですが、2 泊3日の大半は事前検査と経過を見るためのものです。それを1ヶ月ごとに3回実施するとのことで、現在も進行中です。

(編集部) 治験では本物の薬と偽薬があると聞きますが、ご自身が偽薬のほうだったと考えることはないですか?

(Mさん)そうですね。今回の治験も参加者の50名を半数の25名ずつのグループに分けます。半数には試薬を投与します。残りの半数には試薬を抜いた溶液を投与します。これをプラセボ効果といい、治験にはこれがつきものです。事前説明ではこのことの説明を受け、納得した上での治験参加となります。
 グループ分けは「コインの裏表」のようにくじで振り分けられます。50%の運試しですね。ただの「水」だけを飲まされるために治験に参加することになるかも知れません。本物の薬かただの水かは、本人にも担当医にも秘密にされます。これは薬効の判定精度をより上げるために必要な措置なんです。
 それが「治験」です。薬の効果を先取りできることを期待して参加しても、文字通り期待外れの可能性もあります。新薬開発のプロジェクトに参加できたということで満足すべきでしょう。

(編集部) この治験の今後について、M さん自身が期待することは何でしょうか

(Mさん)はっきり言って私自身への効果はそれほど期待していません。運よくストップがかかればそれに越したことはないですが、別になくとも余命はリハビリで何とかしのいでいければと思っています。

子どもや孫が悩んだり苦しんだりしなくてすむように
 もしこの薬が良薬として日の目を見たら最高ですね。そうなれば遺伝子検査も積極的に受ければいいと思います。病気の遺伝子がなければ幸い。仮にあっても症状を抑え込む薬がある。少しでも症状らしきものが出た時点で投与すれば、そこでストップする。場合によっては症状が出る前に投与すればその時点で完全に封じ込めることができます。
 もう子どもや孫たちがこの病気で悩んだり、苦しんだりしなくてすむように、もしかして健常人のままということも可能かもしれない。私の治験参加が少しでも役に立てたとしたらこんな朗報はないと思っています。


*この記事は、いしかわSCD・MSA友の会ホームページのMさんの投稿内容を、本人の承諾を得て再構成しています。